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▼地域シンクタンクを設立
▼『2010年霞ケ関物語』を出版
▼労働実習で県民の声を聞く
▼地域シンクタンクを設立 1991(平成3)年3月29歳で松下政経塾を卒塾します。同時にARI赤池総合研
究所を設立しました。それは、前述のシンポジウムで提言した地方シンクタンクを、
自ら率先してつくろうという試みです。 早速シンポジウムに参加した郡内の役所から、リニアを踏まえた地域の将来像の
調査を依頼されました。半年間何度も足を運び、泊まりがけで調査を行いました。 その結果は、住民の55%はリニアに期待しておらず、身近な交通網を整備をし
て、地域の個性である自然と大学を中心とした街をつくってほしいというものです。 私はその結果に基づき、「教育首都構想」を提言しました。リニアだけに頼る事
なく、既設の鉄道と道路を整備し、いまある自然と大学、そして東京近接のメリッ
トを生かし、研究所や研修所を誘致・設立して、全国の社会人が学ぶために集まっ
てくる教育の首都をめざそうという構想です。住民のニーズを踏まえた、現実的な
構想だと思いました。しかし、その構想は、首長のリニアを核とした街づくりの考
えとは相入れずに、結局棚ざらしになってしまいました。 自ら研究所をつくり、ビジョンを策定しても、それを推進する政治家の見識とリー
ダーシップがなければ構想は進まない、政治の重要性を改めて痛感しました。 地域に根ざした活動の一方、リクルート事件以来の政治不信を打ち破るために、
松下政経塾出身者で「政治改革」の勉強を重ねていました。その成果として199
1(平成3)年9月30歳の時に、『2010年霞ケ関物語』(二期出版刊)を出版します。
政治改革の先駆的な労作であると自負しています。 [トップへ戻る]
▼労働実習で県民の声を聞く 地域の実情を知り、日本の政治を見るにつけ、政治を変えていこうという思いが、
ますます募ります。そして、本格的に政治活動へ入りました。 共和事件で阿部文男代議士が逮捕され、東京佐川急便事件で巨額な金が政界に流
れていることが明らかになり、国民の政治不信は高まっていました。 1991(平成3)年11月に30歳の時、後援会準備会が開かれ、翌1992(平成4)年
2月16日後援会が結成されました。私は早速次の朝に甲府駅頭に立ち、政治不信
の打破を訴える街頭演説を行いました。問合せが何件も事務所にあり、手ごたえを
感じます。 そして、県内各地へ支持をお願いするために訪ね歩き、夜は小集会を重ねました。
また、さまざまな労働現場を知り、直接県民の声を聞きたいと、労働体験実習も
始めます。農業・観光ぶどう農園・建設業・製造業・パン工場・スーパーマーケッ
ト、古紙回収業など、さまざまな業種を体験しました。働きながら県民の意見を直
接聞きました。 「国政を志している人と身近に話をしたのは初めてだ」と聞かされ、政治が有権
者にとって遠い存在だということを痛感しました。
そのときの活動の様子は、TBSテレビの報道特集に取り上がられ、全国に流れ
ました。
桃畑で
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[経歴@生いたち][経歴A原点]
[経歴B松下政経塾] [経歴C挑戦]
[1993年から現在は活動報告へ]
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