▼参議院議員選挙に挑戦を決意 私は熟慮した結果、今年7月の参議院議員選挙・山梨選挙区で新進党の公認を得
て、立候補することを決意いたしました。理由は次の通りです。
・前回3万余人に支援をいただいた責任として、あくまで国政に挑戦すべきだ。
・私自身が当初から設立に参画した新進党を辞めることは無責任で、参院への立
候補は山梨における党勢拡大に貢献できる。
・地元である1区を中心につくってきた後援会を活かすことができる。
・公約違反の現職やダーティな自民党に国政を任せることはできない。
内定をいただき、早速参議院議員選挙の活動計画を立案しました(次のページ参
照)。それにそって、活動を展開します。統一地方選挙中は関係者の支援を行い、
県内中を飛び回り、選挙支援を兼ねて自分の挨拶回りを行います。
2年前の選挙は全県で戦いましたが、その後小選挙区制を前提に、甲府市を中心
に活動を行い、全県下の後援会活動ができていませんでした。そこで、地方選挙が
終わった4月26日後援会を「新誠会」と命名し、参院選に向け再出発しました。
▼未来を託せる力 5月の連休明けから本格的な活動を開始しました。7月6日公示23日投票です。
わずか2ヵ月半の短期決戦です。 「未来を託せる力」「安全・安心を保障する政治」「活力ある経済と福祉社会の
実現」を掲げて、街頭演説、挨拶回り、小集会と早朝から夜遅くまで、駆け回りま
した。 村山政権発足後、かつてないほど国民の政治不信が充満していました。「無党派
層」が東京都知事選で青島幸男氏を、大阪府知事選で横山ノック氏を当選させたと
マスコミに取り上げられています。 私は、精力的に回る中で、20代の方々と話をする機会がありました。「政治は
汚いもの、あまり関心がない」「選挙にはいかない」と素っ気ない言い方です。典
型的な政治離れの無党派層です。私は次のような話をしました。
▼無党派層に訴える 「多くの人がスポーツや趣味などの会に入っています。そこで必ず会費を払いま
す。その会費を管理する幹事さんが、勝手に会費の額を変えたり、会員の知らない
間に使ったりしたら、どうでしょうか。その幹事さんに辞めてもらって、別の幹事
さんを選ぶでしょう。
政治も同じことです。税金という会費を私たちは払い、政治家という幹事さんに、
自分たちに代わって日本や山梨という会の運営を任せているのです。私たちは自分
が払った会費で会が運営されていることさえ忘れがちです。その重要な幹事さんを
選ぶのが選挙なのです」その方々は「なるほど、選挙に行こうかな」といってくれ
ました。 そんな体験をいくつもしました。誰でも、話をすればわかってくれます。最近の
政治離れは、きちっと話を有権者にしない政治家の姿勢に問題があるのではないか
と痛感しました。
▼10万1317票 私は、参議院議員選挙にあたって、3つの政治姿勢と3つの政策を公約に掲げ、各
地で訴えました。 若さをアピールするため、ポスターやビラの顔写真には、ネクタイをはずし、モ
ノトーンで思い切った構図を採用しました。17日間の選挙戦中、1日約200ス
車は走ります。県内を2往復しました。有権者を見かけると街宣車から飛び降り、
走って握手をするスキンシップ作戦を展開しました。走り回るなかで、手応えを感
じました。 労働組合の応援はいただけませんでしたが、公明の推薦をいただき、自民党の支
持母体の業界団体を分断し、支持を取りつけました。無党派層にも食い込めた実感
がありました。中央からも、総決起大会に船田元先生に、選挙になってから、3総
理作戦として海部党首、細川・羽田副党首、そして石田副党首に、また松下政経塾
出身の同志にも応援に駆けつけていただきました。 選挙結果は10万1317票を得ました。しかし、またも落選です。現職の民改
連候補の8万6千票は超えましたが、当選した自民党公認候補が12万9386票で、
2万8千票届きませんでした。郡内地方はじめ、周辺郡市では厳しい戦いでしが、
県都甲府市が4千票差、甲府市に隣接する中巨摩郡が3千票差、親の出身地である
西8代郡が7百票差で勝ちました。
▼もう1度チャンスを 落選が決まった瞬間、私は家族とともに家にいました。再び敗戦したショックが
ありました。救いは全国で新進党が躍進し、比例票が自民党を超え、第1党になっ
たことです。山梨県でも、新進党票が8万を超えていました。
迎えの車が来て、事務所に向かいます。テレビのライトやカメラのフラッシュの
なか、長男を抱いて事務所に入りました。後援者の拍手が巻き起こります。熱く悲
痛なまなざしを感じます。
私は後援者・選挙事務所・運動員の方々の前に立ち、自分自身の力不足を詫び、
最後まで支援いただいた感謝のことばを述べました。そして家族・親族に、目の前
にいなくても選挙中手を振り、励ましの声をかけてくれた方々、10万人の投票を
していただいた方々に、お礼を述べました。
2度目の落選です。悔し涙が自然とあふれます。
「もう1度、もう1度私にチャンスをください」
最後にそれだけいうのが精いっぱいでした。
▼再び街頭に立つ 落選が決まった次の日、7月24日月曜日朝8時に、私は甲府駅頭に立ちました。
さすがに、選挙戦中の疲れと落選のショックからか、足が地についていない感じで
ふらつきました。ありったけの力を振り絞って、マイクを握り、かすれがちな声を
振り絞り話を始めます。
10万人以上の方が私に投票していただいたことへの御礼と、落選はしましたが
政治を変える戦いを引き続き続ける決意を表明しました。
あえて有権者の前に立って話をしなければ、自分自身が崩れ、2度と立ち直れな
くなりそうな気がして、必死に1時間、街頭演説をしました。
事務所に帰ると、既にいくつかの電話があり、反響がありました。
中年の女性の方からは「今回政治不信で、どの候補も同じようなものと思い、夫
婦そろって棄権しました。しかし、今朝赤池さんが駅頭に立って訴えている姿を見
て、こんな政治家もいたのかと棄権したことを悔いました。次回は絶対赤池さんに
入れます。かんばってください」との励ましでした。
やり続けてよかった、ありがたいことだと感謝の気持ちでいっぱいになりました。
▼挑戦し続ける覚悟 選挙事務所の片付けをすませ、新しい事務所へ引っ越しました。礼状の発送、挨
拶回りと残務処理に追われます。 「よくがんばった」「大健闘」「次は大丈夫」と歩くたびに、激励やねぎらいの
ことばをいただきました。 私は松下政経塾の五誓にある「成功の要諦は成功するまで続けるところにある」
ということばを胸に刻み、次回に向けて、挑戦し続ける覚悟です。
[活動報告トップへ戻る]
[活動報告1996年新進党離党]
|