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▼新進党を離党、民主党こしいし東氏を支援
10月4日に新進党を離党いたしました。
離党の理由は以下です。
それは、党改革に限界を感じたからです。政治改革は、選挙制度改革、国会改革、政党改革の
3つがあいまって達成できます。私は国民に開かれた政党改革をめざして、昨年から新進党本部
に対して、県連を通じて3項目の党改革の要望を続けてさました。
@国民の税金である政党助成金を、県連の維持のために支給、A地域の声を聞くために全国代
表者会意の定期的開催、D山梨で現職議員をつくるために、比例区の当選圏内に山梨県の枠をつ
くる、以上です。
しかし、党本部の答えはことごとくNOでした。それどころか10月2日になって、私に対し
て、比例区の当選できない10番台での出馬要請がありました。私の政治生命をもてあそぶよう
なことを平気で言う党本部では改革はでさないと限界を感じ、離党を決意しました。
今後の政治行動について、私は次のように 考えています。
山梨県で、民主政治を実現するためには、チェック・アンド・バランスがきく、自民党と対抗
でさる政治勢力が必要です。私が出馬した参院選のように非自民勢力がバラバラでは自民党に将
来にわたって勝つことはできません。非自民勢力が大同団結して、2極態勢をつくり、自民党と
競争することが、山梨の発展につながると確信します。私は、非自民結集のため、捨て石となる
覚悟です。
今回の衆院選において1区では、民主党のこしいし東候補を支持します。理由は、上記の競争
ある政治を実現するためには、当選ま
であと一歩のこしいし候補に勝っていただく以外ないからです。それに、自民党の中尾候補は比
例区当選をすでに確実にしています。 こしいし候補の人柄は、温和で人を裏切るようなことが
ありません。政治不信が叫ばれ
るなか、信頼回復のためには必要な人材です。旧態依然とした社会党イメージが破く敬遠する向
さがありますが、社会党時代から党改革に尽力し、社会党的なものを脱如し、子どもたちにすば
らしい山梨、日本を残そうとする姿勢には、間違いがないと考えます。
以上、離党と支持表明を、何とぞご理解を賜りますよう心からお顧いを申し上げます。
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1.なぜ離党に至ったのか、2.なぜ離党が選挙前なのか、3.今後どうするのか、
について改めてご説明をいたします。
1.なぜ離党に至ったのか
離党する直接のきっかけは、党本部からの落選確実の比例区出馬要請でした。10月
2日党本部より、新進党南開東ブロック比例区への出馬要請がありました。名簿順位は1
10数番台でヽ当選ライン以下とのことです。私は一度も自分が比例区に出たいとお願いし
たことはありませんでした。党本部のねらいは、昨年の参院選で山梨県内で10万票取っ
た私が立候補すれば、比例区の新進党票の上積みができると考えたのでしょう。
党の要請を受け入れて立候補すれば、党の票が増えても、私は3度目の落選が決まり、
政治生命は断たれたも同然です。自己を犠牲にして、新進党を伸ばすことが、日本を良く
し、国民の幸福につながるならまだ救われます。しかし、残念ながらいまの執行部の仕切
る新進党では、国民を幸福にすることはでさません。
新進党規約には「新進党は国民に開かれた政党をめざす」とわざわざ謳っています。し
かし実態は反対です。
政治改革は、選挙改革・議会改革・政党改革の3つがあいまって初めて達成できます。
私は一昨年の94年12月の新進党結党に参画して以来、国民を幸福にするために、「国
民に開かれた政党」をつくる必要があると考え、党改革に努力
してさました。しかし、事態は良くなるどころかますます悪くなっています。
落選確実な出馬要請が引き金となり、党改革に限界を感じ、我慢に我慢を重ねてきたも
のが切れ、あえて選挙前の10月4日に離党したのでした。
私が離党せざるを得なかった新進党の問題点は以下の7点です。
理由1 公認が不透明
第1の問題点は、昨年3月の衆院選小選挙区山梨1区の公認調整問題です。
私は3年前の93年7月の衆院選に無所属で立候補し、3万票を獲得しました。その年
の12月に新生党に入党し、県連代表幹事として活動をしてさました。
一昨年の94年12月に公明、民社、日本新党、新生などが結集し、新進党が結成され、
私は山梨での結党に尽力し、県連幹事長に就任しました。
県連の常任幹事会では、1区の公認は実績や貢献度から私にとの了解がなされていまし
た。党本部にも何度か足を運びアピールしました。しかし、結果は食糧庁出身の無名の新
人に決まりました。
決定の理由を中西啓介・選挙対策事務局長(当時)に尋ねると、「総合的な調査をした
結果から」というばかりです。しかもそのデータ開示もありませんでした。決定過程の不
透明さに抗議をして、離党することも考えました。しかし、自分の力不足も反省し、党の
発展、政治の改革のために我慢をして留まりました。
そして、私は後擾会の方々と相談した結果、1区後援会をいかすために、衆院選から参
院選への転進を決めました。新進党公認候補として、公明をはじめ本当に大勢の方々の
手弁当でのご支援を賜わり、全力で戦いました。結果は、当選まであと一歩の10万人の得
票をいただいたのでした。
理由(2)政党助成金の使途
第2の新進党の問題点は、国民の税金である政党助成金の使い方です。
政治改革の一環として、政党への公的助成が法制化されました。目的は、企業団体献金
に一方的に頼ることなく、税金から助成することによって金権腐敗をなくし、政党活動を
活発にして国民の政治参加や関心を促すことにあります。総額309億円、毎年自民党に
138億円新進党に98億円が交付されています。
しかし、新進党の政党助成金の使い方は選挙対策費です。現職の国会譲員や衆議院の候
補者には、6月12月の年2回1千万〜2千万円が支給されます。しかし、党の地方組織
の要である都道府県連には、一銭も支給されません。また、私のような落選した参議院議
員候補の総支部にも支給されません。
党から金をもらって私が政治活動をしていると誤解している人が大勢います。私は落選
後一銭ももらっていません。自前で献金を集めて活動しています。しかし、新進党県連の
活動まで自費で賄うことには納得いきません。昨年から再三党本部にお願いをしました。
党本部の見解は、自前でパーティでも開けとニベもありません。これは、法の趣旨を完全
に否定したものです。
党本部に資金がないのであれば、それも理解でさます。毎年100億円近い金が入って
くるのに、選挙にしか使わない発想では、党の発展は望めません。
現職国会議員がいない山梨で、自前の資金集めにも四苦八苦の状況なのに、党の方まで
手が回りません。そのための政党助成金ではないのでしょうか。そのなかには、当然山梨
県民の税金分も含まれています。山梨県民に党の考えを訴え、また県民の声を政治に反映
する活動する上で、事務所の維持費や専従スタッフの人件費などの最小限の経費は、党本
部が責任を持つのは当然だと考えます。
実際自民党や公明などはそうしています。自民党を批判して誕生したはずの新進党は、
党の地方組織の運営に関しては自民党以下です。このような状態では、将来公明との完全
合併は不可能です。新進党の支持率がなかなか上がらないのも、日常の党活動に金を使わ
ないのですから当然の結果といえます。
理由3 派閥的運営
第3の新進党の問題点は、派閥的運営です。昨年末の党首公開選挙では、次のようなこ
とがありました。
誰でも1千円払えば投票でさる、党首公開選挙で、小沢一郎氏と羽田孜氏が立候補しま
した。私は地方の声を聞くと公約した羽田先生を応援しましたが、結果は両者で170万
票を集め、小沢一郎現党首が大差をつけて勝ったのでした。党員が、30万人投票し、残
りの140万人の方が1千円を払って投票したのでした。党本部へ14億円の収入です。
経費が4億円かかり、10億円の利益でした。
私は県連を中心に2週間遊説し、投票の呼びかけ運動を行いました。相当反響があり、
山梨県内からも相当数の投票があったと思います。しかし、党本部は投票者の全体合計し
か発表せず、各地方ごとの実数さえ公表しないで、真重な名簿はお蔵人りとなってしまい
ました。投票した人に、お礼もいえません。党勢拡大の機会を無くしてしまったのです。
さらに、運動経費に関しては衆議院の総支部だけ一律50万円を支給したのみで、また
しても県連や私のような落選した参議院総支部には、連動経費はゼロでした。ビラや投票
用紙は県達や私の所に送ってさていたのにもかかわらずです。
真面目に活動しても、党本部はさちっとした対応をしてくれません。やる気が萎えてい
くのを覚えました。
以前から個人的にもご指導をいただいていた代議士で、党本部の役員だった方にその件
について聞くと、知らないと驚いていました。
その方から、次のことを聞さました。新進党の経理局だけは、党本部から離れ旧新生党
本部ビルに置かれていること、そのことを役員でも1年以上知らなかったこと、経理の実質
責任者は経世会時代からの事務局長であること、党の役員会でも経理については議論が
ないこと、小沢党首や執行部の方法に対して、公認調整を恐れて、批判的なことをいう人
がいないとのこと、などです。
親分が子分の面倒をさちっとみるという派閥の義理人情の面がなくなり、かといって近
代的な組織運営もなされず、ごく一握りの人が人事と金を押さえて運営する派閥の悪い部
分だけが、そのまま残ってしまっています。
私はぜひ改革していたださたいと、その方にお願いしました。その方は、役員会で発言
すると約束してくれました。しかし、その後その方は役員会などで執行部を批判したため
に、役員会で浮いてしまいました。逆に、離党することになってしまいます。
その方は、船田元代議士です。船田先生が新党問題でなく、党改革に限界を感じて離党
したことについて、私はよくわかります。私たちの声を党本部に反映するように努力して
くれた良心的な方が、辞めてしまうような新進党に、疑問を感じ始めました。
理由4地方の声が反映されず
第4の新進党の問題点は、地方の声が反映されない点です。
一昨年の新進党結成以釆、もうすぐ2年が経ちます。この間地方組織や党員が集められ
た会は、党大会の2回と全国代表者会議の1回だけです。私が出馬した参院選の総括も開
かれませんでした。
意見が言えたのは、今年の3月住専の反対集会に合わせた全国代表者会議のなかの30
分だけでした。私は、地方の声を聞く会合を定期的に開催すること、政党助成金を県連へ
支給してはしいこと、をお願いしました。他の県連の代表者から賛同の拍手が起きました。
にもかかわらず、答えは幹事長に伝えるというだけでした。その後、正式な答えはいただ
けませんでした。
「自民党でさえ、全国代表者会議といえば、総理総裁を始め、幹事長以下党幹部全員が並
び、我々の話を聞いてくれた。党首はこない、幹事長は途中退席する新進党は、自民党以
下だ。こんな会には2度と来ない」と怒りをぶちまける地域の代表者もいました。
地方で有権者と直接向かい合い、お叱りの声を受け、党の方針や政策を説明して、地道
に活動している者の声を聞かないのでは、党勢拡大や党の支持率アップなどが、できるは
ずがありません。
このように地域の声を吸い上げない新進党は、自民党以下です。
理由5 基準がない比例区
第5の新進党の問題点は、地域の意向を無視した衆院選比例区の順位づけです。 山
梨県には新進党の現職国会議員がいません。山梨県のような現職がいない所は、鹿児島と
島根の3県だけです。現職国会議員がいないと有権者の声を国政に反映させたり、党改革
をしようにも限界があり、十分なことができません。
そこで、現職の空白県をなくすために衆義院の比例区に、当選ライン内に地域枠をつくっ
てほしいとお願いしました。しかし、比例区の公認調整は直前まで進まず、直前にあった
のは私への落選確実での出馬要請でした。
そして、南開東ブロックの1位には、まったく知らない人が直前になったり、実績もあ
り党活動に汗を流して苦労していた新人が下位にランクされ落選してしまう、安易にタレ
ントやスポーツ選手を出馬させるなど、党執行部の擁立の基準と順位づけは、目茶苦茶で
す。
真面目に活動している者が損をする党では、人はついていけず、国民からも信頼されな
いのは当然です。
理由6 地方発改革を抑圧
第6の問題点は、執行部の意にそわない党改革運動を抑圧したことです。
私は地方から党の改革を展開するために、山梨県連の承認を得て、46都道府県連宛に、
6月末に郵送しました。
新進党規約では、47都道府県のうち3分の2以上の同意が得られれば、全国代表者会
議を開催することができます。私は会議の開催承諾の要請文と3項目の山梨県連の議題案
を発送しました。
議題案は、@全国代表者会意の定期開催、A県連への政党助成金の支給、D現職空白県
解消のための比例区の活用の3点です。
結果ほ10県から賛同をいただきましたが、3分の2まで至りませんでした。 その運
動は思わぬ反響を呼びました。党本部から県連事務局や会長、私の所に電話がありま
した。
「いま党がまとまって、選挙を戦おうとしている矢先に、なぜそのようなことをしたの
か党本部抜きにそのようなことをしては因る。誰の指図でそのようなことをしたのか」
など、言葉を丁重でしたが、執拗に尋ねられました。内容に対する答えや批判は一切なく、
行為そのものに対する賀間ばかりです。
選挙前の大事な時期に党の結束を乱すとはけしからんというニュアンスを感じました。
後から知ったことですが、そのとき党本部の役員会のなかでは、「山梨県には政治的な
ゴロツキがいる」と大変な騒ぎだったそうです。
純粋に党が良くなればと思って行動したことが、党本部では逆に受け取られてしまう現
状、現場の人間と本部の人間のギャップ、党員と国会意見の意識の違いなど、党改革運動
はもちろん、党そのものに対する絶望を感じ始めました。
理由7無責世な選挙公約
第7の新進党の問題点は、無責任な選挙公約についてです。
新進党の理念や基本政策について、私はすペて間違っているとは思っていません。それ
どころか、新生党を経て新進党に参画したのは、小沢一郎氏の「日本改造計画」に共鳴し
たからでした。
昨年末の党首公開選挙で、小沢陣営はその著書に基づき、13兆円の減税5年後に消費税
を5%、10年後に10%増税を打ち出し、勝利しました。
衆院選の公約は、なかなか決まらず、私は杉本公文氏の選挙チラシや政見放送にそのまま
13兆円減税と提示しました。しかし、相変わらず私たち地方の声も開かず、直前に決まっ
た政策は、18兆円の減税、5年間消費税の据え置きだけでした。説明がないまま減税額が5
兆円も増え、5年先の消費税増税について、口をつぐんでしまいました。あまりにもおい
しい話で、以前と言っていることが違うのでは、国民の支持を得られるはずがありません。
「責任ある政治」とは裏腹の、無責任な選挙公約としか言い様がありません。
以上が、離党した7点の理由です。
2.なぜ選挙前なのか
私は選挙前に離党しても、選挙の仕事は最後まで
さちっと全うしました。
今回から、個人本位の中選挙区制から政党本位の小選挙区比例代表制に変わりました。
選挙実務も、従来の候補者の分だけでなく、党県連分、ブロック比例区分と単純にいうと
3倍になりました。
私は、小選挙区2区の杉本公文氏の選対本部長、県連幹事長、南関東ブロック選対事務
局次長の3役をこなし、山梨と東京を何回も往復しました。自分の街頭宣伝車を新進党に
無償で貸出し、ウグイス嬢を手配し、政見放送、新聞広告などをつくり、党務をこなしま
した。
離党した後も、迷惑がかからないように、それらの仕事はきちっと最後まで責任をもっ
ていたしました。
離党するにしても、なぜ選挙前なのか衆院1区・2区・比例区に迷惑がかかるのではな
いか、後援者に十分説明をしないのはおかしい、せめて選挙後でよかったのではと批判を
いただいています。
内田清後援会長にも相談しましたが、反対をされました。あえて、内田会長の意向に反
して、私の政治信条から、選挙前での離党を踏み切ったのです。
現在政治不信・無関心が満ち満ちています。昨年私が立候補した参院選も史上最低の投
票率でした。今回の衆院選も、事前から参院選同様に、史上最低の投票率ではないかとい
われ、実際終わってみるとその通りでした。
その原因はいろいろと指摘されていますが、嘘をつかない、言行を一致させる、
自分のことだけではなく人のことも考える、今だけのことではなく将来のことも考えるなど、
人間としてリーダーとして当たり前のことができていないからではないかと私は考えています。
私が、徒手空拳でゼロから政治活動をスタートさせた1990年、その原点にあったの
は、政治への信頼回復でした。
有権者には嘘をつかないそれだけでした。ですから、党人・組職人としては、選挙前に
党や組織に迷惑をかけることすることは、とんでもない話です。けれども政治家を志す人
間としては、新進党に見切りをつけた以上、党に留まり選挙中過ごすことは、結果的に有
権者をだますことになります。私の政治家を志した原点を自ら捨てることになります。
選挙前の離党は、党・組織よりも有権者を重視し、自分の信念に忠実に行動した結果で
す。政治的信念から行動したとはいえ、2年間大変お世話になりながらご迷惑をおかけした
関係者の方々には、個人的にはお詫びしたいと思います。
しかし、選挙後の離党では選挙結果からの離党と曲解される恐れがあると考えていまし
た。新進党が勝利したならば、まだ辞めやすいのですが、敗北後の離党では党本部への抗
議といっても信じてもらえず、結局負けたから党に見切りをつけて離党したのだろうと、
いわれるのは目に見えていました。
3今後どうするのか
今後の政治行動について、私は次のように考えています。
民主政治を実現するためには、チェック・アンド・バランスがきく2つの政治勢力が必
要です。保守王国の山梨では、なおさらです。私が出馬した参院選のように、非自民勢力
がバラバラでは山梨において永久に自民党に勝つことはできません。自民党が全部悪いと
思っていません。しかし、絶対権力は絶対腐敗するという鉄則の通り、自民党の1党支配
政治では、山梨の発展は望めません。
民主政治の実現のために、自民党を巻き込み、非自民勢力が大同団結する政界再々編が、
求められています。2極勢力をつくり、競争することが、日本と山梨の発展につながると
確信します。
私は、自民党を巻さ込んだ新しい政治勢力結集のため、捨て石となる覚悟です。
10月8日公示20日投開票の衆院選において、私は離党し無所属の立場で、山梨1区
では民主党公認こしいし東氏、2区では新進党公認民主党推薦の杉本公文氏を支持しまし
た。
理由は、親争ある政治を実現するためには、有力な非自民候補に力を結集していく
以外ないからです。
両名とも、人柄は温和で人を裏切るようなことがありません。政治不信が叫ばれている
なか、適切な人材ではないかと考えています。共に党内改革に尽力し、子どもたちにすば
らしい山梨、日本を残そうとする姿勢には、間違いがないと考えます。
結果は両名とも落選でしたが、山梨での政界再編成と民主政治確立の一助になったと信
じます。
今後の政界再編成の展望は次のように予測しています。
新進党は実質分党状態で、1年以内で解体するだろう、細川・羽田グループは離党して
民主党との連携がありうる、民主党と新進党のなかの旧民社勢力と勉強会を行い、将来的
には労働組合の意向もあり民主党と旧民社党が提携がありうること、公明系の若手が民主
党と提携する可能性があることなど、以上です。
非自民勢力が結集し、政界再々編が進み、今後さらに政界は激動を続けるだろうと感じ
ます。
当面の活動方針
11月8日19時より、甲府市総合市民会館で、私の後援会「新誠会」(内田清会長)
の会合が開催されました。後援者の皆さまから賀間や意見を賜りました。唐突で驚いた、
事前に説明してはしかった、敵をつくって評判を落とした、などのご批判をいただきまし
た。
その反面私たちは赤池党である、政党がどこであろうが赤池をどこまでも応援するなど、
涙が出るはど有りがたい、ご意見をいただきました。今後の方針については、ご一任いただま
した。
私は、当面次のように考えています。
@政治信条としては、ゼロから政治家を 志した原点を踏まえ、有権者に嘘をつかない、
言行一致で政治への信頼回復をめざします。
A政策は、構造不況のなか農工商観光情報などの産業振興に力を尽くします。
B具体的活動は、後援会の輪を全県下に広げ後援会員の拡大に力を注ぎます。
C政党所属としては、自民党・新進党を巻き込んだ新しい政治勢力の結集、政界再々編に挑むために、
慎重に見極めたいと考えています。
以上、一連の行動についてお詫び申し上げ、新しい政治行動へのご理解を賜り
たいと存じます。今後引き続さご支壊を心からお願い申し上げます。
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