あかいけ まさあき

 活動報告 Reports

1997(平成9)年 民主党へ

▼民主党から入党要請【1月】

▼民主党山梨に意見を言う会に参加【2月】

▼政界混乱のなか、当面無所属で活動【3月】

▼美しい国づくり〜観光立国をめざして【4月】

▼山梨政治塾設立記念 講演と地方分権報告【5月】

▼情報公開の推進【6月】

▼市町村も外部監査制度を導入すべし【7月】

▼行政手続条例の周知徹底を【8月】

▼今度こそ、再々挑戦【8月】

▼須玉町視察と八巻町長の講和【9月】

 


民主党から入党要請【1月】

 新年のご挨拶を申し上げます。
  昨年は、新進党離党など、一連の行動に関して、ご迷惑とご心配をおかけいたしました。
 離党の経緯に関しては前号の機関紙でご説明させていただいた通りです。    

 今後の政治方針、特に政党所属については、新しい政治勢力の結集、政界再々編に挑む
ために、慎重に見極めたいと考えていました。
 昨年の11月5日民主党の嶋山邦夫副代表から、正式に民主党への入党要請をいたださ
ました。鳩山副代表とは、新進党時代からご指導をいただいておりました。私が離党した
ことを闇さ、ぜひ一緒にやらないかと声をかけていただいたのです。
 私の方からも、3点民主党の運営方針を聞さました。@国民の税金である政党助成金を
県連の維持のために支給、A地域の声を聞くために地域代表者会議の定期的開催、B比例
区の当選圏内に都道府県の枠をつくる以上です。
 私が、新進党本部に対して要望して拒否され、離党理由になった項目です。それに対し
て民主党の運営方針は、すべて了解とのことでした。民主党の民主的な運営方針を確認し
ました。    
 本年1月26日に「民主党山梨に意見を言う会」が開催されます。民主党の地方組繊を
立ち上げるための会合です。小沢鋭仁民主党山梨代表から、参加要請がありました。私は
参加を決意しました。
 参加の理由は、鳩山邦夫副代表からの入党要請もありましたが、本当に民主党が、私が
望んでいるような国民・県民のニ−ズを踏まえて、新しい政治勢力の結集、政界再々編に
つながる党かどうか、自分の目で見極めたいと考えたからです。
 単なる看板に掛けかえでは、仕方がありませんし、あえて私が入党するまでもないから
です。その会に参加した上で、政党所属に結論を出したいと思います。
 年男の今年、激動の時代のなかで、牛のように、遅くても着実に歩んでいきます。
 引き続きご支援の程をお顧い申し上げます。[トップへ戻る]    

 

民主党山梨に意見を言う会に参加して【2月】

 1月26日(日)午後2時より県民会館大会議室で「民主党山梨に意見を言う会」が開催され、
私は参加いたしました。 参加の理由は、昨年鳩山邦夫副代表から入党要請があり、本当に民主党が、
私が望んでいるような国民県民のニーズを踏まえて、新しい政治勢力の結集政界再々編につながる党
かどうか自分の目で見極めたいと考えたからです。    
 すでにマスコミ報道がなされてご承知だと存じますが、当日100人近い方が集まりました。
参加者が2時間近くに渡り、政治に対する不満や希望、民主党の運営や政策について意見を
言いました。言い放しの所があり、運営面での課題を残しましたが、開かれた場で政治を語り合う
ことは、古代ローマで広場(フォーラム)に集まって議論し物事を決めていった通り、
民主政治の原点です。開催自体非常に有意義な会であったと思います。    
 私は4点意見を言いました。
 第1は、党運営についてです。新進党を反面教師として、議員中中心の政党ではなく、
国民県民に開かれた地域中心の党運営が必要だと述べました。県内各地で、継続して
「意見を言う会」を開き、県民のニーズをしっかり捉えるべきだと述べました。
 第2は、お金の問題です。私たちの税金である政党助成金を、本部が一人占めにするのではなく、
事務所家賃や専従スタッフ、通信費など最低限の費用は、地域組織のために遣うべきです。
そして、今日集まった一人一人が、意見だけでなく、浄財を出し合って、活動を支える必要も
訴えました。
 第3は、選挙の公認についてです。いつどこで誰がどのような基準で公認を決めるのか、
オープンにすべきです。新進党の友部議員が引き起こしたオレンジ共済事件を根絶させなければ
いけません。党員討論会や予備選挙などの導入の必要性を語りました。
  第4は、政策についてです。景気、福  祉、教育と様々な政策課題があります。従来のように、
総花的に羅列するのではなく、政策の優先順位を決め、スケジュールを明示して、
途中経過を通信簿のように採点して、公表すべきです。    
 以上、私が述べた事がどの程度、民主党の運営に反映されるのか、民主党の方針が今月中に
出るようなので、それを見た上で、政党所属に結論を出したいと思います。
 皆様のご意見をお願いします。[トップへ戻る]    
                                      
政界混乱のなか、当面無所属で活動【3月】    
 新進党離党後の政治方針、特に政党所属については、新しい政治勢力の結集、政界再々編に    
挑むために、慎重に見極めたいと考えていました。    
 昨年の11月5日民主党の鳩山邦夫副代表から民主党への入党要請をいただきました。    
そして、小沢鋭仁民主党山梨代表から、1月26日の「民主党山梨に意見を言う会」への
参加要請があり参加してきました。    
  新進党は私が予感した通り、崩壊の坂を転げ落ちています。オレンジ共済事件で、細川元首相は
致命傷を負い、その責任問題をめぐって、小沢党首の交代か、若手の集団離党か、
どちらか避けられない状態です。公明は、7月の都議選を前に、党大会で「新進党と心中するつもりか」
と代議員から批判の声が上がり、合流は困難です。    
民社系も民社協会と友愛会がそれぞれ存続を決め、新進党から距離を置き始めています。山梨でも、    
オレンジ事件の逆風で党勢拡大は思うにいかないようです。    
 民主党も、支持率の落ち込みのなか、菅代表の自民党連立路線と、鳩山代表の野党連合路線をめぐって、    
依然対立が続いています。山梨でも、輿石+社民勢力と小沢+保守勢力の対立で、
身動きがとれない状況です。    
結局自民党だけが残り、一人勝ちの状況です。しかし、またぞろ自民党の族議員の復活と跳梁のなかで、    
行財政改革はかけ声とは裏腹に風前の灯です。    
 県民や国民の声をしっかり受け止め、真の改革を実現できる新しい政治勢力の結集、政界再々編には、    
ほど遠いのが現実です。そして、いま人々の間には政治への不信感だけが確実に増えているといえます。    
  私はこのような混乱のなかで、当面政党に所属せず、無所属で活動します。そして、改革を実現する    
拠点として、4月27日に「山梨政治塾」を設立します。    
 混迷する情勢を打破するために、いま中央集権体制から地域主権への移行が求めれています。それを    
実現するために、志ある方々とネットワークをつくり、政策研究提言実行、選挙支援を行っていくことが、    
山梨政治塾の目的です。    
 いま政党に所属して中央の混乱に翻弄されるのではなく、政治を志した原点に戻り、無所属で地域に根ざし、    
政党会派を超えて、心ある政治家や政治家を志す有為の人材のネットワークをきちっとつくり、地域から    
政治を変える道筋をつけていきたいと考えたからです。    
 そして、山梨だけではなく、松下政経塾出身の政治活動者などとも提携し、全国的な連携と交流を図って    
いきます。全国各地から日本を変えていく運動につなげていくことができればと存じます。[トップへ戻る]    

 

今度こそ、再々挑戦【8月】    
   7月29日(火)午後7時より、甲府湯村温泉郷・湯村ホテルで、あかいけまさあき後援会「新誠会」    
(内田清会長)の会合を開催いたしました。    
   この会は、前回の参議院議員選挙から丸2年が経ち、私赤池の活動報告と今後の活動方針を話し合う
目的で、開催しました。    
 内田会長のあいさつ、私赤池の活動報告のあと、今後の活動方針について、参加した後援会の皆様方より、    
厳しくそして温かい意見を賜りました。    
 「政界が流動化するなかで、来年の参院選への当選の展望が見えない。時期を待ったらどうか」    
  「次に落ちたら、おしまいだ」「いや、挑戦し続けるべきだ」    
 「新進党離党の後遺症がまだある」「赤池の国政挑戦へのスタンス、ビジョンが見えない」    
 「思い切って地方選へ転身したらどうだろう」    
 「地方選となると、後援会はつくり直しだ。国政だから応援できる人も、地方選では応援できなくなる
人が出る」    
 「赤池にはドブ板は向かない」    
 「本人の思いが第一で、それに後援会としては、ついていくしかない」    
 本当に様々な意見が出て、困惑するところもありましたが、これも私への思いと感じ、感謝の念に    
絶えませんでした。    
 皆様のご意見を賜るなかで、私自身としては、次のように考えています。    
 まずは政治情勢についての認識です。現在の政治情勢は、混沌として先行きが不透明で、    
ほとんど見通すことができません。政治不信がますます高まり、無関心だけでなく、訳が分からないと    
有権者のなかに嫌気が出ています。その端的な例が7月の東京都議選でした。    
 松下政経塾の先輩が渋谷区から新進党公認の現職として、同期生が新宿区から  民主太陽推薦の無所属で    
立候補しました。私も、応援に行きました。遊説や街頭演説を行いましたが、都心ですから選挙権がない人が    
大半で、反応は少ないと予想していましたが、それ以上でした。まさに東京砂漠です。    
 結果は、投票率は史上最低の44%、渋谷区の先輩は次々点落選、新宿区の同期は最下位当選でした。    
 東京都議選は政治のリトマス試験紙といわれています。前々回がマドンナブーム、前回が日本新党ブーム、    
そして今回が史上最低の投票率であり、その結果組織政党である自民党と共産党が躍進しました。    
この流れがそのまま来年の参院選まで続くとすると、前回参院選の史上最低の投票率を更新するでしょう。    
すると組織力の強い政党が圧倒的に有利になります。それが、将来の日本にとって良いことなら幸いですが、    
有権者の政治不信が高じた結果となれば、手放しで喜ぶことはできません。    
   私は、改めて政治活動を始めた原点に戻り、政治不信を打ち破り、政治を身近なものにするために、    
国政へ挑戦し続けるしかないと考えています。    
 8月末に新進、民主、太陽の有志議員による改革会議が結成されました。これとて、先行きはまだ    
わかりませんが、新しい動きとして、注目をしていきたいと思います。    
 私は、政治への“嫌気”を吹き飛ばすために、政策を高く掲げ、地道な活動を展開するしかないと    
思い定めています。    
 山梨政治塾を核として、情報公開条例の制定や外部監査制度の導入、後援会活動の活発化、観光振興を    
中心とした地域活性化の取組、各種団体の活動など、引き続き頑張ります。[トップへ戻る]    

 

須玉町視察と八巻町長の講和【9月】    
 8月23日(土)山梨政治塾8月定例会として、須玉町を視察し、八巻町長の講話を賜りました。    
テーマは「政治家としての志と地域活性化」です。    
 須玉町は東京から中央自動車須玉インターチェンジまで約2時間、甲府から30分の八ヶ岳清里の玄関口です。    
山梨県内64市町村で早川町に次いで2番目に面積が広い町ですが、人口は1995年国勢調査によると    
7,362人(5年前比▲2・6%)で過疎地域に指定されています。長野県と境を接し、金峰山やみずがき山    
など日本百名山にも選ばれた秩父多摩国立公園内にあり、町内の大半が山林です。最近では、フジテレビ系の    
天才指揮者と中学生や先生との交流を描いたドラマ「それが答えだ」の舞台にもなっています。    
自然のすばらしい所です。    
 今回は、八巻町長が私赤池の明治大学の大先輩であるというところから、お願いし、実現したものです。    
当日午前11時に須玉町役場に集合し車に同乗して出発しました。県道増富ラジウムラインを北東に向かって、    
車を走らせます。来年完成予定の塩川ダムの工事が急ピッチで進められています。その工事のためか、    
道路整備が相当進んでいます。ダムを左折し、長野県境へ向かうと、廃校を活用した全寮制の高校・自然学園    
があります。さらに行くと、町が建設し地元の管理組合に運営委託した、みずがき山の麓の黒森地区にある    
「みずがきランド」があります。そこのそば処で昼食を取ります。天候が良く涼しくて、山林の懐に抱かれて    
自然を満喫しながら地元で取れたそばを食べました。女優の中田喜子さんも来ていました。    
 車で、牧丘町と清里を結ぶクリスタルラインを通って、みずがき山の登山道入口、みずがき山    
リーゼンヒュッテを過ぎ増富ラジウム温泉に入ります。旅館街を過ぎてすぐの所に、今年5月にオープン    
したばかりの日帰り温泉施設「すたま自然健康村・増富の湯」があります。そこは、遊休農地を活用して、    
6億円かけて造ったものです。町外者が1千円、町民が500円です。ガラスに囲まれた露天風呂がある    
「やませみの湯」と山の中の岩風呂をイメージした「おこじょの湯」の約100ソの大浴場が2つあり、    
日替りで楽しめます。源泉や薬草湯も楽しめ漢方マッサージやうどんの食堂、無料休憩所にセミナールーム、    
売店もあり、公共の温泉としては値段が高いと思いましたが、入ってみれば納得の値段です。    
 そこのセミナールームで、八巻町長の話を聞きました。    
 八巻町長は、1921(大正10)年1月20日須玉町八巻という地区に、6男として生まれました。    
以下は講話の要旨です。    
 昭和18年明大在学中に学徒動員で出征しました。訓練を経て、2mぐらいのベニヤ板の船に爆雷を積んだ、    
船舶特攻隊に志願しました。14か15大隊のどちらかに配属され、沖縄に向かうことになります。たまたま    
山田という士官学校の同期生がいたので、一緒に配属されるように頼んだところ、14大隊に配属されました。    
15大隊が先に沖縄に向かい米軍の攻撃を受け撃沈されてしまいました。そのとき、九死に一生を得、運命の    
存在を感じたときはありませんでした。    
 そのために沖縄は行けなくなり、本土決戦にため、プザンへ行って、物資の調達の仕事をしていて、終戦を    
迎えます。すぐに郷里に帰りましたが、大学が途中なので、改めて卒業するために、上京しました。    
 その後県会議員となった昭和34年にも台風の被害があり、峡北が最大の被害を出しました。    
同じ所がまた崩れ、県の土木事務所長に電話すると、すぐに総動員で直してくれました。政治の力を知りました。    
  34年の県会議員の選挙に初挑戦するにあたり、母校の大先輩の三木武夫・代議士の    
ところに挨拶と指導を受けにいきました。三木先輩は、選挙情勢を聞き、選挙地盤が重    
なる明野村の三井氏(2度挑戦して落選)とよく話をして協力してもらいなさいといいました。    
そして間に入ってくれる人があり、話し合いの結果後進に道を譲ることで三井氏が協力してくれることに    
なりました。    
 当時は市長村長や市町村議を経なければ、県会議員になれないという風潮があり、不老閣は知られていても、    
八巻恭介は知らないという知名度不足を補うため相当苦労しました。    
 1回目の開票で、現職は1千票を超えているのに、私は6人中5位で、わずか50票です。家内から    
「落選しても取り乱さないように」といわれ、女性は偉いものだとそのとき感心しました。最後の最後になって、    
地元須玉町の7千票中4千票が入って、37才でトップ当選を果たすことができました。地元の有難さを改めて    
感じました。その後、県会議員と町長選計11回選挙をしましたが、地元の大切さをいつも感じています。    
 選挙は常に新しいものだと思います。    
 今回の町長選挙でも、仲人をして収入役にした人間が挑戦してきました。仲人をして、親戚付き合いをしていた    
支持者でも、家族や親戚から競合候補者が出たら、それまでです。    
 選挙のたびに、支持者が変わると思った方がよいでしょう。中核支持者は変わりませんが、2〜3回目ぐらい    
から支持者のなかで飽きが出てきます。そこに、新人の候補が出ると大きく変わります。    
 そのためにも、普段の支持者とのつながりが大事です。それは理論理屈ではなく、感情です。よく知り合う    
ことしかありません。その時、顔役や現職議員はあまり当てになりません。草の根が一番です。そのためには、    
家庭訪問しかありません。    
  峡北地域も、選挙に金がかかるところです。挨拶回りしていて、「アメン玉持ってきたか」と露骨に金を    
要求されたことが何度もありました。    
 長寿荘という社会福祉法人をつくるとき、当初の予定の5千万円の寄付が集まらず、結局自分が借金して    
何とかつくりました。ほどなく選挙があり、このときは参りました。借金直後だけに、まったく金がありません    
でした。しかし、青年部など若い人が手弁当で熱心に応援してくれて、最下位でも当選を果たすことができました。    
 選挙11回、40年近い政治生活のなかで継続は力であり、私は筋だけは通してきたつもりです。県会議員    
時代は、金丸派全盛に時代でも、父の代から政友会を応援し、その支援関係で、田辺派に属し続けました。    
いろいろ誘いはあいましたが、断ることによって、同志の信頼を得ました。    
 町長選挙のときも、最後まで出るつもりはありませんでした。穂足の体育館に来てくれというので、    
行ってみると会場は町民で一杯です。出馬要請を受け、そこまで町民が私に期待してくれるならと町長への    
立候補を決意し、ここまで3期やってきました。    
 町長をしながら、いつも「一町一家」ということを念頭においています。        
  これといった産業がない須玉町では、町民同士がいがみあっていては物事は何も進みません。6か町村が    
合併した須玉町では、それぞれ地域ビジョンをつくって、それを目標に振興を図っています。     
  若神子は文教、穂足は福祉、津金は明治、大正、昭和の小学校があり歴史文化増富は観光温泉などです。    
 5月にオープンした、ここ「すたま自然健康村・増富の湯」も、その一環でつくりました。何といっても、    
ラジウム含有量が世界一で、県内で世界一があるのはここだけです。年間8万人の入館を予想しています。    
いまの所出足を上々ですが、冬場が課題です。    
 そして、2001年にはこの須玉のすばらしい大自然を全国にアピールするために、全国植樹祭を開催します。    
 今後も「一町一家」を掲げて、地域の応援団長として、努力していきたいと思っています。[トップへ戻る]    
                   

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最新更新日06.03.20

 

発行制作:

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