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1999(平成11)年 8月 26日(木)
いつも大変お世話になっております。 8 月26日(木)民主党山梨県総支部連合会との連絡が急遽つき、午後2時45分より県連事務所へ、中島英俊・会長代行とともに、離党届を提出いたしました。その後、午後 3時30分より、県庁の記者室において、記者会見を行い、正式に立候補表明をいたしました。立候補の理由を改めて、 3点述べました。 第1点は、昨年から今年にかけての民主党の公認調整過程で、私に対して党及び小沢鋭仁代議士から具体的な公認方針・活躍する場をいただけなかったからです。そうとなれば、当然原点に戻って、自らの道を自ら選択せざるを得なかった次第です。 第2点は、現在の政党は非民主的であり、現職政治家は旧態依然として個利個略に終始して、改革する力を失い、国民代表として、このままお任せすることができないからです。 自民党自由党公明党の連立政権の経緯もしかり、今回の公認調整過程で野党民主党の実態など、長年私は、政党活動を通じて構造改革を実現しようと努力してきました。その結果、世の中が良くなっているのであれば、現在の政党や現職政治家の方々にお任せして、あえて私が出馬しなくても良いのでしょう。しかし、現状は不況、不安、不信が渦巻いています。一人で街頭演説を始めた原点に戻って、再々挑戦するしかないと、確信した次第です。 第3点は、経済不況、生活や老後の不安、政党・政治家不信を変えていくのは、しがらみのない清新な力しかありません。 特に私たちが住む山梨は、典型的な日本の政治風土の縮図であり、山梨が変れば、日本の流れが変ることがいままで何度かありました。ここ山梨から、それも山梨の中心を占める衆議院議員選挙山梨第1区から、政治の流れを変え、日本の政治状況を変える第一歩としたいと考えたからです。本日テレビニュースや 27日の新聞に掲載されると思いますが、引き続きご支援ご指導を心よりお願い申し上げます。以上、取り急ぎご報告を申し上げます。 |
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