1999(平成11)年 9月 7日(火)

投書「残念の思う、赤池氏離党」に答える

9月6日付の山梨日日新聞社「私も言いたい」欄に「残念に思う、赤池氏の離党」という投書が掲載されました。内容は以下です。

「赤池誠章さんの民主党離党と立候補の表明を聞き胸を痛めています。若くして政治の道を志したのは、今なお変ろうとしない自民党五十年体制では日本を救う道にあらずという気持ちだったはずです。保守派の県民の中には、自民党候補者をその人材の適否も問わず支援する人ばかりではないのです。また与党批判勢力の存在することが政治をまともなものにすることを期待する人も多いはずです。

本県が保守王国などと呼ばれること自体古い後進的体質の表れと思われます。あまり自慢にはなりません。わが山梨でも三句のうち一つくらいは野党の選挙区当選があってもよいのではと思うのです。赤池氏が恨みや個人的感情のもつれが原因で今度の行動に至ったとするならば、だれが見てもただ単に自民党を利するだけのことと、自分自身の政治生命を絶つことに通じ残念です。

政治を志す者は常に初心を忘れず、政治信念、心情、理念をモットーに厳しいときに必ず新しい別の道が開き、花咲くものと信じます。小沢鋭仁さんも若い同志として赤池さんのために心からの友情を持ち、新しい政治が山梨に育つよう努力してもらいたいと思います。これからは若い政治家の時代です。頑張ってください。(中道町・憂慮生)」

その答えとして、私の思いを述べます。

離党と立候補の理由は「恨みや個人的感情のもつれ」が原因ではありません。「常に初心を忘れず、政治信念、心情、理念をモットー」にした結果です。

私が政治活動を始めたのは、1992年佐川事件など汚職事件が起きた時でした。同年代の誰よりも早く政治改革を訴え、運動を始めました。1994年に政治改革法案が成立しました。しかし、小選挙区比例代表制や毎年300億円の政党助成金などの一連の改革は、罰則の強化を除けば、失敗したといわざるを得ません。失敗の原因は、政治改革の担い手として期待された政党が、機能しなかったからです。一部の幹部が牛耳り、公認や政党助成金の使い道など、非民主的に決め、集合離散を繰り返しています。

私は、自ら政党に所属して、内部から政党を改革し、政治改革を実現しようと行動しました。しかし、新進党しかり、今回の民主党しかり、私の力不足もあり、内部改革できませんでした。旧態依然とした政党と政治家を変えていくのは、有権者の力しかないと改めて思い至りました。だからこそ、自らの政治生命をかけて、無所属で有権者の審判を受けたいと決意しました。私が立候補することによって、選択肢が生れます。既成政党と政治家を是とするのか、それとも非とし改革を望むのかの選択です。すべてを有権者の選択に委ねたいと思います。

 


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最新更新日06.03.20

 

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